木の階段を上りきると左側に天狼院のドアがあった。木枠に大きなガラスがはまったドアを通して店内が見える。遂にきた、福岡天狼院。ここのバターチキンカレーを食べに東京からやってきたのだ。といっても、行列のできるカレー屋さんではない。ここは書店なのだ。ここのバターチキンカレーには、ちょっとしたストーリーがある。だから、食べてみたかった。そのストーリーを知らない人にとっては、普通のカレーにちがいない。ドアを開けると既にカレーのイイ匂いがしていた。レジにいた女性の店員さんに話しかけた。
「カレーもらえますか」
「あ、すみません。今ちょうど作っていて、あと30分程時間をいただきます……」
折角博多まできたのだから、他でカレーを食べてまた戻ってこようかとも考えた。でも帰りの飛行機の時間を考えると時間がない。注文して30分待つことにする。
「待つので、大丈夫です。カレーお願いします」
「ドリンクはいかがですか?」
「じゃあ、ラッシーで」
ついにあのカレーが食べられる。注文して店の奥へ行くと、どうやらあのカレーの考案者らしき人が仕事をしていた。後ろ姿しか見えないが多分そうだろう。
「こんにちは」とか言って挨拶しようかとも考えた。でもやめておこう。流石に東京からカレーを食べに来ましたなんて言ったら、ドン引きされるに違いない。目立たないないように、窓側のカウンターの一番奥に陣取った。
もうすぐあのカレーを食べられる! 冷房の効いた店内から公園を見下ろすと、白い服をきた3歳くらいの男の子とお父さんが、黄色い滑り台で遊んでいた。
「お待たせしましたー!」物思いにふけっていると、ようやくバターチキンカレーが運ばれて来た。念のため、運んで来てくれた店員さんに確認する。ここまで来て、実はあのカレーは既にメニューから外れていましたなんて、オチがなくもない。
「これって、あのカワシマさんのブログのカレーですよね?」
しまった! こんなところで痛恨の言い間違えだ。あのカレーを目の前にして浮き足立ってしまった。名前を間違えるなんて、アホか。
「あ、はい、あのカワシロ(川代)のカレーです!」
そして、少し会話のやり取りをした後、店員さんは仕事に戻っていった。
まあるく白い皿に盛られた、ライスとトマトベースのカレー。くーーー、もう香りが美味しいのだ。1投目のスプーンを入れ、口に運ぶ。ほわんとカレーが口の中にひろがった。それは、トマトが優しく香る、ソフトなカレーだった。ここ数日、男らしいスパイシカレーを食べ続けてきた私にとって、それはオアシスのような口当たりだった。今週を締めくくるにふさわしい味だ。あっという間に完食し、あのカレーの余韻に浸る。「もう一杯いける!」おかわりしたい衝動にかられたが、帰りの飛行機に間に合わなくなる。帰ることにしよう。公園を見下ろすと、もうあの親子の姿はなくなっていた。そして私は天狼院を後にした。
川代さんのバターチキンカレーのストーリー
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