なんだか時間の感覚がおかしい」と、隣の席の妻に話しかけた。
1泊2日の旅行だったのに、3、4日過ごしてきた感じがする。
体は疲れているけど、心はまあるく喜んでいた。
きっとあの町での体験が、そうさせているに違いない。
昨日の昼、富山駅に着いた私達は、レンタカーを借り宿泊地の利賀村を目指した。
北にある日本海を背に、南へ車を走らせる。
15分ほどで市街地を抜けると、田園風景が広がりはじめた。
途中『おわら風の盆』が開催されている、越中八尾の古い町並みにさしかかった。
まだ、太陽は高い位置にあるけど、編み笠をかぶった人たちが、今夜の準備を始めている。
この祭りは三日三晩続く。男は半被、女は着物。それぞれ目深に編み笠を被り、
三味線と胡弓に合わせて踊る。これを「町流し」というらしい。
地区に11ある町は、それぞれ衣装や踊りが少しづつ違って、町流しにも特徴があると聞く。
町をぬけ、そこからさらに山間部へすすむと、1時間半ほどで、利賀村に到着した。
Airbnbで予約したその古民家は、旧日本家屋の囲炉裏がある家だった。
囲炉裏がある家に泊まるのは初めてだ。子供のように心が弾んでくる。
出迎えてくれた家主の奥さんと挨拶をかわし、今夜の祭りの情報を聞いてみる。
どうやら奥さんも、前の日の晩に風の盆へ行ってきたようだ。
町流しは、まだ明るい16時ごろから、やっているらしい。
でも、活気で盛り上がってくるのは19時過ぎごろからとのこと。
そして公には23時には終わるそうだが、そこからは、町々で踊りたい衆が、
その時々の気分で朝まで町流しを出すという。検索では出てこない貴重な情報だ。
19時過ぎに山里を降り町へ向かう。交通規制がかけられ、町へ入る道は
ところどころ通行止めになっていた。仕方がないので、
街から少し離れたところで車をとめ、妻と数百メートルほど暗い道を歩く。
町へ近づくにつれ、出店がポツリポツリと現れた。
ゴーーーッという発電機の音と、ベビーカステラの匂いが、
否が応でも祭り気分を盛り立てる。
やっと人の往来の多い町並みへ出た。想像以上に来場者でごった返している。
さて、町流しはどこに出ているのか? 耳をすましてみるが聞こえてくるのは、
人々の喧騒だけだ。どこからも楽器の音色は聞こえない。
風の盆は三味線や胡弓など、使われている楽器の性質上、
雨が降るとそれらを濡らさないよう、中断していまうのだ。
家主からもらった祭りガイドには、町名と踊りの時間が掲載されていたが、
先ほど降った雨で、スケジュール表は役に立たないものになっていた。
ここからは、耳と感を頼りに町流しを探すしかない。
初めてみる歴史を感じる商店街。雑貨屋や食べ物やに目移りしながら、
しばらく彷徨う。すると、西の方から胡弓の音色が聞こえて来た。
何かやっているに違いない。5軒ほど先の角を右に曲がったところで
音がしているようだ。角を曲がると人垣ができていた。
その中で、老いも若きも、男も女も小さな輪になって踊っている。
初めてみる町流しは、しっぽりと、控えめに踊られていた。
胡弓の音色を聴いていると、この場のリアリティーが薄らいでくる。
10分程眺めていただろうか。ようやく自分を現実に引き戻すと、
別の街の流しを探しに向かった。往来にはたくさんの人で賑わっている。
一体次の町流しはどこに出現しているのだろうか?
ごった返す人。高揚感。神出鬼没の町流し。人垣。
それはあたかも、ディズニーランドでミッキーのマスコットを探すのに似ていなくもない。
何でもスマホで調べられる時代でありながら、この不便さは逆に面白い。
簡単に見つけられないからこその探す楽しみがある。そして視覚的にも音的にも、
来場者を飽きさせない力。これが『おわら風の盆』に人々が訪れる理由なのだろう。
その日私達の街流しハンティングは夜遅くまで続いたのだった。
今は、東京へ向かう新幹線の中。左手には日本海が見えている。
「なんだか時間の感覚がおかしい」。妻に話しかけたが
聞こえてくるのは寝息だけだった。