既に、ランチは北新地にある渡邊カリーでカツカレーを食べていた。この日の夕方、商談が終わり、そのまま東京へ帰ってしまうのも寂しいと思い、なんば周辺でカレー屋はないかと探した。すると、自由軒が見つかった。自由軒と言えば、確か大阪でもカレーの老舗的な存在だ。私が好きないわゆるスパイスカレーでなない。けれど、折角の機会だし一度はここのカレーを食べておきたいという欲望が湧いてきた。仕方ない、行こう。
車の往来が多い大通りから、ビックカメラなんば店の脇道を入り、難波センター街商店街のアーケードの下を歩く。そういえば大阪は東京に比べてアーケード通りが多い気がする。ビックカメラの裏手の遠りに入るとすぐに自由軒の看板を見つけることができた。
ここは、カレーが有名だけどカレー屋ではなく大衆食だ。表のショーウィンドウにはカレーの他に、唐揚げやとんかつ、オムライスなど、メニューのレプリカがたくさん並んでいる。カレーを食べにきたのだが、他のメニューにも目移りする。オムライスがうまそうだ。入り口の脇には、女将さんの等身大よりやや縮小された感のある写真プレートがおいてある。オッケー、いらっしゃいませな感じは伝わった。
自由軒の暖簾をくぐり引き戸を開けた。すぐ左手にレジがあり、おばちゃんが座っている。彼女が店を仕切っている。おそらくこの人が女将さんに違いない。表の写真より、だいぶ年季が入っているようだ。入り口に近い方の席へ案内された。隣の人と肩を寄せあうように座る。なんだか餌を待つ鶏舎の鶏のような気分がしないでもない。
【メニュー】
名物カレー 750円
大名物カレー 950円
「すみません。名物カレーお願いします」と、店の奥の方にいた店員のおばちゃんに声をかけた。
「はーい」
5分たたずにカレーがやってきた。縁に自由軒の文字が入った白い皿に、カレー色のご飯が盛り付けられていた。とても斬新な見た目だ。ミニマルで余計なものは入っていない。カレーライスでもなくキーマカレーでもない。具のないカレーリゾットといったところだ。ご飯の中央には、ややくぼみが作られていて生卵が乗っている。これをかき混ぜながら食べるようだ。
まずは一口、味見する。しっかりとしたスパイスの香りが口内に広がった。少なくとも市販のカレーではない。辛さと爽快感に特徴がある。周りから壕を崩しながら卵に向かって、掘り進むように食べる。途中でソースを垂らし、微妙に味の違いを楽しむ。三分の一ほど食べ進んだところで、生卵にスプーンをいれた。ゆっくりと黄身と白身、ライスを混ぜて、それを口へ運んだ。うん。スパイスの刺激が和らぎ、代わりに卵のトロッとした食感と黄身の味がやってきた。なるほど、これが自由軒の味か。
カレー自体はシンプルなスパイス遣いで、卵という要素が加わり、何か別の食べものへ変化している。どこか、懐かしい味がする。これは、初めてではない。どこかで食べたことがあるはずだ。唐突にその答えがやってきた。ああそうか。卵かけご飯だ。これは、醤油がスパイスにリプレイスされた、カレー味の卵かけご飯だったんだ。どおりで食べたことあるような、懐かしさがあったわけだ。自由軒のカレーは、初めてでも懐かしい味だった。